Watatsumi: La Jeune Mer (Japanese Edition)

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Management number 237290556 Release Date 2026/07/10 List Price US$3.54 Model Number 237290556
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千慶烏子の第九番目の書物は比類のない完成度に仕上がった。これまでの彼の作品をことごとく凌駕する素晴らしい達成を本書は示している。『海若(わたつみ)』は千慶烏子の完成期を代表する傑作であり、彼の文業の白眉であると断言していいだろう。読者の皆さんはぜひ期待してほしい。本書『海若』は千慶烏子による2026年の書き下ろし作品である。癌との闘病を題材にした2023年の連作詩集『冒険者たち』の次の作品にあたる。皆さんがご覧になっているこのデジタル版(紙版・電書版)が初版である。本書『海若』は三十余編の詩編からなる作品集であるが、書物という全体で大きな意味をなすよう構成されており、始まりと終わりのある書物である。本書には作品の数だけテーマがあり、さまざまな色鮮やかなモチーフも見られるが、本書を基礎づけ、また作者を動機づけている最も大きなテーマは何かというと、それは無常というあり方であると断言していいだろう。作者は否定するかもしれないが、本書の執筆にいたる作者の心情を推し量るなら、次のようなものになるにちがいない。前著『冒険者たち』で病と闘いながら死というものの真実の姿に触れた詩人は、長い闘病の生活を終えて人間たちの世界に帰還してくる。しかし、生還した詩人の目に映るのは、これまで彼が見てきた生命感に溢れる世界ではなく、何もかもがはかなく、移ろいやすく、いずれ人はみな死んでしまうことを宿命づけられているような世界である。彼自身を含め、すべてのものが死の予感に涵されており、死の予兆を帯びており、永遠のものは何一つないことに彼は気づかされるのである。そして、このはかなさ、移ろいやすさ、仮象のあり方こそがこの世の実相であるかのように詩人には思いなされてくる。この一旦は死から免れたにもかかわらず、決して死から免れることはない人間というもののあり方、また移ろい過ぎてゆくこの世のあり方、永遠のものは何一つないというありようを詩人は無常と呼んでいるのだと考えて差し支えないだろう。この無常というありようを一編の詩に凝縮したかのような表題作「海若(わたつみ)」から本書は始まる。巻頭の表題作はこの一編で彼の文学的到達点を示すような傑作であるが、作者はここをゴールとするのではなく、ここをスタート地点としてぐいぐいと書物を展開してくる。本書を構成する三十余編の詩編は、各編に文脈や時間、場所などの明示的な連続性はないものの、すべての作品は詩的に結合しており、三十余編の全体で大きな書物を形づくっている。本書を構成する各詩編はいずれも見事な出来に仕上がっており、どれもこれも息を飲むほど美しい。一編ごとに書き出しがあり、展開があり、締め括りがある。それぞれ一編でまとまった世界を有し、その世界はその詩編で完結している。まさに珠玉の作品群である。それでは、この『海若』を形づくる各詩編の世界はどのようなものであるのかというと、それはたった一行で世界が変わってしまうような世界であると言っていいだろう。たった一行、ただ一行でこの世の表と裏、夢と現、嘘と真が入れ替わってしまう。千慶烏子はこの決定的な一行を導き出すために、彼の持つ文才の全量を惜しげもなく投入してくる。至高の一行を導き出し、余人には真似のできない完璧な一行を書き記し、まるでその一行に永遠を記しづけようとしているかのようである。永遠のものは何一つないという思いに打たれているにもかかわらず、詩人はその詩行に永遠を記しづけようとするのである。このあたりの機微がたいへん面白い。その結果、一編一編の作品は実に豊かなイメージに溢れ、読むことの喜びに溢れ、間違いなく読者の心をとりこにするだろう。本書のテクストにはこれまで彼が研鑽を重ねてきた詩的表現の真髄が宿っており、その力強く揺るぎない筆致はもはや巨匠の域に達している。次にその全体像を見てゆこう。いくつかの例外を除き、本書『海若』のほぼすべての作品は本書のために執筆された書き下ろし作品である。書き溜めてあった作品をまとめた散漫な作品集ではない。千慶烏子にとって書く行為は道なき道をたどる探究であり、真理の究明であり、また時には道を失ったあげくの彷徨である。探究の結果導き出された詩編もあれば、無常の感にとらわれてこの世を彷徨する中で偶然手に入れた作品もある。しかし、そのすべては本書のために書かれた作品である。彼はテーマを掘り下げ、内面化し、この無常というあり方をより深く理解したいと思って本書を執筆しているのである。そして、この無常をめぐる探究と彷徨の行程において、つまり書くという行為の中で、実に興味深いことなのだが、詩人は物語と遭遇することになる。あるいは幻想と出逢うのである。それは例えるならば、放浪を余儀なくされた隠者がその土地土地の精霊と遭遇するように、詩人はこの世のはかなさ、移ろいやすさをめぐる旅程のなかで幻想もしくは物語と逢着するのである。今日の詩の理論では、詩と物語の融合は推奨されるべきものではない。しかし、奇妙なことだが、無常というありようが詩人を幻想へと導き、詩に物語を呼び込み、その結果、本書の中で詩と物語は千載一遇の出逢いを遂げることになる。誤解のないよう少し注釈を加えておくと、ここで言う物語とは小説的なストーリーではなく、人間の心の奥深くに眠っているような原初的で古層的な物語のことである。詩人は無常をめぐる旅程において、人類にとって普遍的であるような、人間の魂の古層に横たわる物語に遭遇するのである。一編の詩編の完成度の高さ、書物という大きな全体を作り上げる秀でた構想力に加え、千慶烏子の作品の特徴を示すものとして、もう一つ「声の聞こえるテクスト」という点を挙げておきたいと思う。本書では文のスタイルは統一されており、語り手は年齢・性別にかかわらず「わたし」という人称で記され、文末表現はすべて「です・ます・ございます」で締め括られている。この独創性に溢れた「です・ます・ございます」の文体は、本書『海若』の本質的な特徴をよく示すと同時に、実に上手く機能しており、間違いなく読者の皆さんを夢幻の空間へと誘うだろう。本書では、「声の聞こえる」度合いも、いわゆる抽象的な意味合いを通り越して、発話者の存在をリアルに感じることができるほど、テクストから「声が聞こえる」のである。読者の皆さんは、本書の副題にあるように、耳を澄ましてテクストの舞台に登場する声の語るところを辿ってゆくといいだろう。それはおそらく無常の思いにとらわれた詩人が辿ってきたのと同じ道のりであり、至るところに詩人の足跡が見られるにちがいない。そして、テクストの声は、書物を形づくる文字の下に眠っている声の空間へと、ナラティヴ(話法=語り=物語)の空間へと読者を導いてゆく。そこは詩人が逢着したのと同じ人間の魂の古層に横たわる物語の空間である。その旅程の道すがら出会う摩訶不思議の光景や果てしない旅の行方、圧巻の終幕はぜひ本書でお確かめいただきたい。少し話は逸れるが、時代性の認識について言及しておきたいと思う。長い間わが国の文学風土は歴史の終わりという見解から抜け出せずにきた。現代という歴史の終わりのなかでナンセンシカルな言葉遊びをし、思想をファッションとして語り、シニシズムを気取るのが時代に相応しいスノッブな態度であるとされてきた。しかし、二十一世紀も四半世紀を過ぎた今となってわれわれが見るのは、歴史は弛まずに、しかも残酷に動いているという現実である。人びとが終焉という名の慢心と怠慢に甘んじている間に、研鑽を重ねてきた千慶烏子の詩的方法論は、本書において実に豊かな結実を示している。読者の皆さんは、時代性の壁を越え、本書『海若』が堂々と二十一世紀の文学を立ち上がらせていることに驚きを禁じ得ないだろう。それはスノビズムや権威主義を超えたところに立ち上がっているのである。最後に、千慶烏子の書く文章は、誰にでも読める平明な日本語で書き記されていることも忘れずに付け加えておきたい。本書『海若』には、この解説に出てくるような難解そうで大して意味のない文芸評論の用語は一切出てこない。どうぞ安心していただいていい。むしろ読者の皆さんは、劇場のふかふかした椅子に腰を下ろしてよく出来た長編映画を楽しむように、あるいはテントのすきまから忍び込んで、上演されているサーカスの演目を固唾を飲んで見守るように、完成期の詩人の至高の逸品を楽しんでいただけたらそれが一番である。(P.P.Content Corp. 編集部) Read more

ASIN B0H1G7BH36
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ISBN13 978-4908810497
Language Japanese
File size 3.4 MB
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Publisher PPContent Corp
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Print length 106 pages
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Publication date June 19, 2026
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